帰る家がない故郷
1歳半を過ぎた次男坊が18時過ぎに昼寝をしてしまい、22時半になっても寝る気配をみせなかった。
長男坊は既に眠り、寝室で次男坊を騒がせるわけにもいかないし居間に移動しても遊ぶばかりで寝ないことが明白だったので、次男坊と2人で夜のドライブに旅立った。
高校までは実家で育った僕は、大学進学をきっかけに色々な都市で暮らすことになった。
関西、九州、東北、そして東京。
それらのどの場所でもその地固有の魅力を体感したが、どこにあっても生まれ育った街と比較している自分もいた。
家と畑、わずかな商店とところどころにある森林によって形成されたのどかな街だったけど、僕の故郷は僕にとって魅力あふれる街であり輝いていた。
今住んでいる家は、僕の故郷から車で30分程度しか離れていない。
夜も更けだす23時、次男坊が寝るまでただ車を転がせばいいだけだったので、僕は故郷に向けてハンドルを切った。
大通りから細い路地に入り、幼少期に通り慣れた道に入っていく。
さっきまで眠くて不機嫌に泣いていた次男坊も、細い路地に入ったことで泣き止み無表情になっていた。
エンジン音だけが響く中、あそこにあの店があったよな、と思ったところには、シャッターすらない新しい家が建っていた。
ひたすらに車を進める。
新緑の季節であるにもかかわらず、道々には延々と家が立ち並ぶ。
知っている家はそのままであったり、壁や塀がなくなるリフォームがなされていたりした。
夜闇に雨も混じり、色まではわからなかった。
いつも小学校から帰ってくるときに最後に曲がった交差点を通り、実家の場所についた。
そこには、誰とも知らない人が住み僕が暮らしていたころは全く形が違う今風の家が建ち、センサーで反応する照明が僕を迎えてくれた。
チャイルドシートに腰掛ける次男坊は未だ無表情だった。
僕の実家は、僕が大学生の時に色々な事情があって田舎に引っ越していた。
現在では多くの事情については解消されたものの、一番クリティカルな事情については解消されていないし、おそらく永遠に解消されない。
だから引っ越しは仕方がなかったんだけど、新しく広く大きな実家は、実家でありながら帰る場所ではなくなってしまった。
煌々と光に照らされたものの停車するわけにもいかず、僕は路地に入ったスピードのままに幼少期に通った道を進んでいった。
細い路地を抜け、商店がいくつか並ぶ幹線道路に出た。
あそこにはよく通った本屋があったな、と思った場所にはコインランドリーが建ち、コンビニやガソリンスタンド、生い茂っていた木々が記憶に残る場所は家や新しいコンビニに置き換わっていた。
東京近郊のありふれた住宅街を抜ける頃、次男坊はようやく眠りについた。
幹線道路からやがていつも通る路地に入り、我が家に帰宅した。